佐谷さんについて思い出すのは・・・
・画廊を兼ねたご自宅(特に素敵なパウダールーム)
・オマージュ滝口修造展「中川幸夫 献花・オリーブ」で出現したオリーブの木
・美術品の輸出入を表したグラフ
・荻窪駅前でごちそうになった空豆とビール
・なぜか自宅に2冊ある佐谷さんの著書『画廊のしごと』
・内緒なんだと教えてもらえなかった、ジャコメッティと矢内原伊作に関する秘密のエピソード
・毎年届く山室眞二氏のカレンダー
・『カズノコ』とあだ名で呼ぶ佐谷夫人
あれだけ、いろいろ話してあげたのに、肝心の部分が残ってないじゃないかと呆れられてしまうようなのですが実際に、よく覚えているのは、佐谷さんの口から発せられる相当な熱量のお話と、その隣に佐谷夫人がいて、周りには佐谷さんの引力に吸い寄せられてきた人達との素敵な時間と風景です。
また忙しさを理由に日常に流され続けているところにふと届く自筆のお手紙や、関西圏での美術展の案内を見ては、わざわざ、僕の為に時間を作り手紙をいただいたことへのうれしさと同時に「君は何をする人ぞ」、「君はまだ本当の仕事を果たしていないぞ」と、静かに問われているような気がし、心苦しいような気分になったのを白状します。自分の考えをきちんと文章にして形ということについては周吾さんの書かれたエピソードを読み、おもわず「ニヤリ」としてしまいました。
ここで、いつも頭の片隅にあり、会えなくなってしまった親しい人を想うときに
よく思い出すイメージを初めて文字にしてみます。
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砂猫の話
年老いた猫は、大好きな少年(又は少女)とともに生き続けることを望み
月夜の晩に不老不死を祈ります。
その日から老猫はなんとしたことか、年をとらずに、
ただ少しずつ、少しずつ、ひたすらに小さくなって・・・
手のひらに乗るぐらいに・・・更には砂粒のように・・・
少年(又は少女)はどんどん小さくなる猫を気づかい、鞄にいれ、虫籠に入れ、
小瓶にと入れ替えては、いつも、どこへでも連れてゆくが
ついに、砂粒サイズのネコを、砂場に落っことして途方に暮れてしまう・・・
一方、砂粒の世界へ飛び降りた老猫は、幼い頃に別れた(又は忘れていた)、
兄弟姉妹の猫達や父母、その他大勢の仲間とまた再会し・・・
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このお話のおしまいはまだ考えついてません。素敵なおしまいを
思いついたら、またみんなに話しに行こうと思います。
最後にこのBlogのヘッダーイメージは、旅行に便乗させていただいたニューヨーク、
セントラルパークで行われたクリストの門(ザ・ゲーツ)のプロジェクトを
思い出しながら描いてみました。
2007年9月24日 森信也